裁判資料
裁判資料 : 第5回口頭弁論について
投稿者 : manager 投稿日時: 2016-06-06 11:27:26 (409 ヒット)

2016/5/26

埼玉中央法律事務所   

弁護士 久保田 和志

 

 5月20日午後2時から,第5回の口頭弁論が行われました。

 前回の裁判において,さいたま市は,「公民館だより」を単なるお知らせであるかのようにいい,市民サークルの公民館における創作活動自体を制限したものではないから市民の学習権は侵害していないし,表現の自由も侵害していないと主張しました。

 そこで,今回弁護団は,準備書面を2つ用意し,原告準備書面(5)において,「三橋公民館だより」が,現実に,学習成果の発表の場になっていることを,各サークルの発表内容を色で囲って強調しました。同様に,公民館だよりが学習機会提供の役割を果たしていることや学習支援の役割を果たしていることを,その該当箇所を色で囲って強調したものを書面に入れ込むことで,公民館だよりが単なるお知らせではなく,社会教育法の目的に沿った住民の学習に資する内容であることを主張してきました。

 そして,学習権で保障された俳句の活動に関して,およそ内容に注目して排除したことは社会教育法12条による「不当に統制的支配」を及ぼしたとして,原告の学習権を侵害していることを指摘しています。

 また,原告準備書面(6)においては,表現活動におけるパブリックフォーラムの主張をしております。パブリックフォーラムと聞くと難しい言葉かと思いますが,平たく言いますと表現活動ができる公共的な場所では,行政は市民の表現活動を最大限尊重しなければならないというものです。

 例えば,道路・広場・公園のほか,公会堂などがこれに当たります。過去の最高裁が実質的にパブリックフォーラムの考え方を認めたと考えられるのが,大阪の「泉佐野市民会館事件」判決や上尾の「上尾市福祉会館事件」判決です。最高裁は,「公の施設の利用を拒むことができるのは,警察の警備等によっても混乱を防止することができないなど特段の事情がある場合に限られる」としており,パブリックフォーラムにおいては,表現の自由が最大限保障されることを前提としています。

 弁護団としては,今回の公民館だよりの俳句掲載スペースが,まさに,パブリックフォーラムとなっていると主張してきたのです。

 そして,パブリックフォーラムである公民館だよりにおいて,今回の原告の俳句を掲載したとして,何か不利益があるでしょうか? 誰かが暴動を起こして人の命が危ういなんてあるはずはないですし,誰の名誉も犯されません。

 明らかに,不合理な表現活動に対する制約として違憲・違法になると主張してきました。

 さいたま市が今回提出してきた書面では,相変わらず,「公民館の中立性・公平性」から俳句を不掲載とすることが許されると主張されています。

 およそ,行政の中立性・公平性は,行政が一定の立場に味方をしてはいけないということであって,市民の活動を制限する理屈となってはいけないはずです。

 行政・権力は憲法によって縛られる立憲主義は,行政が中立・公平であることで,国民の人権を保障する点に主眼があるはずで,さいたま市の考える行政の中立性・公平性は憲法の理解として明らかに誤っていると弁護団は考えています。

 今後,弁護団は,日本教育法学会,社会教育学会,日本公民館学会などと連携して意見書の準備を行う予定です。

 次回,7月に原告主張を整理し,10月の裁判で意見書を提出する方向でおりますので,今後とも皆様方の応援を宜しくお願い申し上げます。

 



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