裁判資料
裁判資料 : 『原告の尋問を終えて』
投稿者 : manager 投稿日時: 2017-05-24 13:19:07 (99 ヒット)

弁護士 川原祐介

4月28日に、第11回口頭弁論がありました。

そして、原告の尋問が実施されました。

まず、1時間にも及ぶ尋問をやりきった原告に対して、心から敬意を示したいです。本当にお疲れさまでした。そして、とても素晴らしかったです。

原告の尋問で伝えたかったことは、主に3つです。

1つは、原告の俳句に対する真摯な向き合い方。

2つ目は、句会で学び合うことの意義。

3つ目は、公民館だよりに俳句が掲載されることの意義。

これらを、原告の体験に基づき、具体的に語ってもらうことが何よりも大切でした。そのことで、重要なテーマである『相互学習』とは何かが明らかになると考えました。

また、尋問を通じて、原告の素敵な人柄も伝わったら良いな、と胸の内では考えていました。

今回の尋問にあたり、原告とは延べ3回にわたり打合せを行ないました。また、昨年、裁判所に提出した原告の陳述書の作成の際にも、3回ほど、原告と打合せを行ないました。打合せ以外にも、電話でもやり取りをしました。証言台に立った人にしかわからない、とてつもない緊張感の中で、いつものように話ができない方が、むしろ普通です。原告が少しでも話しやすくなるように、できるだけ会って、信頼関係を築きたいと考えていました。本番当日も、話しやすい雰囲気を作ることを心がけました。

原告のお話は、法廷で聴いていた人たちの心に響いたと思います。

裁判官の心にも届いていることを切に願います。

次回が結審となります。今までの主張や証拠を踏まえて、総まとめを行ないます。多く方の支援のお陰で、ここまで裁判を進めることができました。

弁護団は、みなさんの想いを、きっちりと裁判官に訴えかけます。

 

証人尋問を終えて

                                 原  告

4月28日、証人尋問という初体験がまた一つ増えました。この事件が発生してから数えきれないほどの初体験をしてきましたが、今回ほど緊張したことはありませんでした。

緊張すると口が乾いて声が出なくなることを心配して、ペットボトル持ち込みの許可もいただき用意していたのですが、結局それも使わないうちに終わりました。

川原先生からの尋問は、事前の打ち合わせがありましたので、すぐ答えられましたが、市側や裁判官からの尋問には戸惑いました。

また、最後のさいたま市や裁判官に対しても、言葉足らずだったのではないかと少し悔やんでいます。60分は長かったのですが、答えるそばから記憶が消えていった感じで正直のところ良く覚えていません。川原先生にはお気遣いいただきありがとうございました。

弁護団の先生方、傍聴席の方々も緊張されたことと思います。みなさま、ありがとうございました。今は少しほっとしています。次回7月28日、そして判決に向けて勝訴のために頑張って参ります。ご支援、どうぞよろしくお願いいたします。

 

私たちが勝利することの意味

 

安藤聡彦

 

私は2011年の11月にはじめてさいたま市公民館運営審議会の委員を務めることになり、2年後の13年11月から同審議会の委員長をおおせつかることになりました。14年6月の俳句事件発生前の審議会定例会は、実に和気あいあいとしたものでいた。

ところがこの事件によって審議会の場の様相は全く変わってしまいます。

事務局の皆さんの私を見る目は狐のようにとんがり、話し合いの場には絶えず緊張感が漂うようになりました。なぜ事務局の方針に逆らうのか・・・そういう問いかけ、ないし批判がなされているように私は感じました。

でも、本当はこの職員さんたち自身がこの事件の展開に困惑され、困っておられるのだろうなと思っていました。現に、14年度に審議会担当だったある職員さんは心を病んで、翌年度からは別の部署に配置転換されたと伺いました。

4月の証人尋問では、砂村さんの権利侵害回復の途がセンターや市執行部によってどのようにして封殺されたのかをきちんと明らかにすることをめざしましたが、同時に職員の皆さんが社会教育職員が本来すべき仕事  それは自分たちの仕事について絶えず現場で議論を行い、利用者とともに質の高い学びの場を築いていくことです  をできる環境を取り戻すための証言だ、ということをも強く意識していました。

何としてもこの裁判に勝利しましょう。原告や俳句会のお仲間のために、公民館で学ぶ市民のために、そして奮闘している職員の皆さんのために!



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